おわら風の盆の歴史を紹介!名前・楽器・衣装の由来や歌詞の意味も

哀愁漂うおわら節と艶のある踊り
艶やかで、どことなく上品な世界観にぐっとひきこまれる。

それが「おわら風の盆」

でも、名前も不思議だし独特の楽器や衣装ですよね。

今日は気になる「おわら風の盆」の歴史を調べてきました。
「おわら風の盆」が楽しくなる予習をしましょう(*^^*)

 

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おわら風の盆の歴史と名前の由来について

越中おわら節は江戸時代に始まったと言われ300年の歴史があります。
でも昔のことなのではっきりしたルーツはわかっていません。

おわらの起源と名前の由来

  1. お笑い節説
    遊芸の達人たちが滑稽な格好で作った新作の歌だったので「おはらひ節」が起源だという説
  2. 大藁節説
    豊作を祈って藁の束が大きくなるように願いを込めた「大藁節」が起源だという説
  3. 小原村説
    八尾近郊の小原村(桐谷地区)の娘が唄った糸繰り歌が綺麗だった。子守唄にしていた説。
  4. 小原比丘尼説
    移住者である京都の尼・小原比丘尼(おはらびくに)が作った盆唄という説。

八尾町の地図を見るとよくわかりますが、田んぼが無いです。
商業に特化しており、田んぼを作ってはいけないというルールがあったそうです。
昔から商業で栄えた地域なのです。

そして鏡町。これは置屋のあった花街です。
今はもう芸姑さんはいませんが細い道が当時を忍ばせます。

あと、お寺が多い。各町内に一つ位あるほどの数。
尼寺もあります。
諸事情があった芸姑が逃げ込んだという経緯もあるそうです。

また八尾は養蚕の町。町はカイコから取る絹で発展しました。

いずれの説も八尾の風土と歴史を考えると当たっているような気がします。

祭りの日程が9月1・2・3日と決まっているのも、
風を諌めるために立春から202日目にすると決まっているからなのです。

盆踊りではありませんよ!

 

「おわら風の盆」発展の歴史

では、江戸時代に始まったおわらはどのように現代にうけつがれたのでしょう?

八尾おわら節の父川崎順二という医師です。

元々おわらは「おわら節」の歌に日本舞踊の振り付けを昭和4年にしています。
当時は花街の芸姑が踊っていたそう。
でも、町全体で踊らないと廃れてしまうと考えた川崎医師が自分の娘達に踊らせたんです。
町の名士の娘が踊るので、徐々に街全体で踊る人たちが増えていきました。

川崎医師は、おわら保存会を結成し歌詞の保存や新しい歌詞の募集に尽力されたんですね。

こうして町が一丸となっておわら風の盆は現代に伝わっているのです。

 

おわら風の盆に使われる楽器

唄を歌う人、楽器を演奏する人たちは地方(じかた)といいます。
子供の頃から楽器を選び、大人になってもずっと同じパートを担当します。

おわら風の盆では楽器は多くが私物
それぞれの宝物です。
高いものでは100万超えも!
元々、養蚕や商業で栄えた地域ゆえ、受け継がれる楽器は高価なものも存在しています。

おわら風の盆の楽器パートは三味線・太鼓・胡弓。

三味線が出だしを担当し、胡弓が追う。太鼓が叩かれ囃子が調子をとり、唄い手が唄うのです。
唄が終わると楽器だけの演奏が組み込まれています。

  • 三味線
    おわら風の盆の三味線は弦を弾かず、押し付けるようになで上げるのが特徴。おわら風の盆らしい独特の音色になります。
  • 胡弓
    これは明治40年代から加わった楽器です。
    八尾では目立ってはNGな楽器として教わるそうです。
  • 太鼓
    締太鼓を使用しています。
    唄の息継ぎを助ける、調子を盛り上げる役目をしています。

 

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おわら風の盆の唄の歌詞

5.7.5で構成されています。
最後の5の前に「おわら」と入るのがルール

しかし、字余りなど特異なものも多く存在するため様々なバリエーションがあります。

古謡という昔から伝承されたもの、新しく作ったものいろいろ存在します。

  • 古謡のおわら おわら資料館古謡短冊より
    橋の欄干
    袖打ちかけて
    月を拝んで
    おわら 主を待つ

恋の歌ですね。ロマンチック~(*^^*)

  • 現代になって作られたおわら 桑原フサ様 新歌詞入選作より
    添えぬ縁と知りつつも
    胸に火がつく
    おわら 風の盆 桑原フサ様 新歌詞入選作より

負けずと情熱的じゃありませんか。

おわら保存会ではソプラノ歌手に歌い方を習うなど日々進化を続けています。

 

おわら風の盆の衣装について

11の町内でそれぞれ衣装が異なります。
おわらの公式ガイドブックで参照できますよ。
こちらは公式ガイドブックより抜粋させていただきました。

こんな感じです。
網笠はシャイな富山人が顔を隠したのではないかとの事。
帯が黒なのは、礼服で使う黒ならどこの家にもあったからだそう。

女性が揃いの浴衣を着れるのは25歳以下・未婚まで
既婚者、25歳以上は自分の浴衣で23時以降に踊りますよ。

 

おわら風の盆の歴史や起源・踊り方などが見れる場所

1年を通しておわら風の盆に触れられる場所を紹介しておきます。

八尾おわら資料館(おわら風の盆資料館という名前では無いので注意)

  • 所在地 八尾市東町2105番地1
  • 電話 076-455-1780

ぼんぼりの紙やシアター映像、唄の歌詞などが見られます。
物販はありません。
学芸員は街歩きガイドを兼ねており非常に八尾の歴史やおわら風の盆に詳しいです。
このサイト内の記事も、学芸員さんからの話を参考にしています。

越中八尾観光会館 曳山展示館

  • 所在地 八尾町上新町2898-1
  • 住所 076-454-5138

養蚕や商業で栄えた贅を惜しみなく投入した現役の曳山が見られます。
VTRでおわら風の盆の踊り方を解説していますよ(*^^*)
演舞場では生の踊りを鑑賞できますが第2・第4土曜日の13時半のみ
かつ12月1月を除くなので注意が必要です。
養蚕についての展示もあり、おわら風の盆の理解を深めてくれます。
物販あり。
祭日以外の街歩き起点として最適だと思います。

 

まとめ

おわら風の盆という名前なので、盆踊りだと思っておりました^^;
地元民でも勘違いしている人がいるかも。

唄や衣装、楽器などすべての構成要素が伝統と風土に根ざしていることを予習すれば、もっとおわら風の盆が楽しめますね~。

 

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